歴史
何千年もの間カスケード山脈で暮らし続けた先住民は、ハイ・カスケーズに関係するさまざまな神話や伝説を育んできた。先住民の伝承によると、かつて発生した大洪水の際に、ベーカー山やジェファーソン山、シャスタ山に民衆が避難したという話が複数伝えられている。また、神々の橋という物語では、フッド山とアダムズ山などの火山は、神のような力を持った暴君としてたびたび戦争を起こし、互いに火や石を投げつけ合っていた。そしてフッド山とアダムズ山は、可憐な少女として人々に喜ばれていたセント・ヘレンズ山を奪い合ったとされている(セント・ヘレンズ山は1980年に噴火したため、現在では「可憐な少女」とされた美しい外観を見ることはできない)。先住民はハイ・カスケードおよび近隣の山々に自分たちの名前を付けていた。 1792年春、イギリスの航海者キャプテン・ジョージ・バンクーバーはコロンビア川の河口に入り、バンクーバーが見た高い山々に英語の名前を付け始めた。ベーカー山はバンクーバーの部下の士官の名、セント・ヘレンズ山はバンクーバーの友人であった外交官の初代セントヘレンズ男爵アレイン・フィッツハーバート、フッド山はサミュエル・フッド提督、カスケード山脈最高峰のレーニア山はピーター・レーニア提督にそれぞれちなんで付けられた名前である。しかしながらバンクーバー一行はこのとき、これらの山々が属する山岳地帯そのものへの命名はしなかった。 1805年にルイス・クラーク探検隊は、コロンビア川を使ったカスケード山脈の横断に成功した。この方法はカスケード山脈を横断する唯一の現実的方法であり、その後、長年に渡ってコロンビア川がカスケード山脈の横断に使われた。コロンビア川峡谷にはカスケード急流と呼ばれる難所があり、ルイス・クラーク探検隊をはじめとする、多くの人々がこの難所を通過した。そしてその難所を過ぎると、後方に白い雪を冠った雄大な山脈をぼんやりと見ることができた(現在、この難所はボンヌビル湖に沈んでいる)。カスケード急流を通過した人々は、この山脈を「マウンテンズ・バイ・ザ・カスケーズ (Mountains by the Cascades - 滝の傍の山々)」、もしくは単に「カスケーズ (Cascades)」と呼んだ。なお、「カスケーズ」という名称が使われた最古の記録は、イギリスの植物学者、デビット・ダグラスが残した文書である。ルイス・クラーク探検隊は帰還後、ルイス・クラーク探検隊の出資者である当時のアメリカ合衆国大統領、トーマス・ジェファーソンに敬意を表し、山頂を雪で覆われた、まだ命名されていなかった高い山にジェファーソンの名を付けた(ジェファーソン山)。